
三代格式が弘仁・貞観・延喜の3つなのは覚えたのですが、格と式の違い、天皇、年代が全部混ざります。「格式」を「かくしき」と読んでしまうこともあり、正誤問題になると自信がありません。











最初に「格は律令を補う法令、式は施行の細則」と分け、そのあと弘仁→貞観→延喜を天皇・年代・引き継ぎ方の順で並べれば整理できるよ。この記事では、史料が現在どう伝わるかまで含めて、丸暗記では崩れない形に組み直そう。最後に入試形式の確認問題も解説する。
三代格式(さんだいきゃくしき)は、平安時代前期に編纂された弘仁格式・貞観格式・延喜格式の総称です。読み方、格と式の役割、三格式の年代・天皇・巻数、現存状況を一つの対応表にできれば、用語問題だけでなく史料問題や年代整序にも対応できます。この記事は国立公文書館、国文学研究資料館、国立国会図書館の公開情報と、複数の歴史事典を照合して執筆しています。それでは定義から確認しましょう。
目次
三代格式とは?まず30秒で結論を整理
結論から言うと、三代格式とは、養老律令を運用し続けるために平安時代前期に整えられた弘仁格式・貞観格式・延喜格式の総称です。「三代」は嵯峨天皇の弘仁、清和天皇の貞観、醍醐天皇の延喜という三つの時期を指します。親・子・孫の三世代という意味ではありません。また歴史用語としての読みは「さんだいきゃくしき」であり、「さんだいかくしき」ではありません。
| 格式 | 中心となる天皇 | 最初に押さえる完成年 | 一言でいう役割 |
|---|---|---|---|
| 弘仁格式 | 嵯峨天皇 | 820年に撰進 | 最初のまとまった格式 |
| 貞観格式 | 清和天皇 | 格869年・式871年 | 弘仁格式の改定・増補 |
| 延喜格式 | 醍醐天皇 | 格907年・式927年 | 三代格式の集大成 |











三代というのは天皇が三代続いたというより、弘仁・貞観・延喜という三つの編纂段階をまとめた呼び名なんですね。











その理解でいい。まず「弘仁=嵯峨、貞観=清和、延喜=醍醐」を一本につなぐ。次に各格式を格と式へ分ける。この二段階で整理すれば、名称だけを六つ別々に暗記する必要はないよ。
📚 用語解説
三代格式(さんだいきゃくしき):弘仁格式・貞観格式・延喜格式の総称です。養老律令を補充・改定する格と、施行細則である式を集成しました。
弘仁―嵯峨、貞観―清和、延喜―醍醐という人物対応を先に固定し、その後で年代・編者・巻数を足すと混同を防げます。
律・令・格・式の違い|格は改定、式は施行細則
律令国家の基本法は「律」と「令」です。律は主として犯罪と刑罰を定め、令は官制・租税・身分など行政の基本制度を定めます。しかし社会や行政の実態は変わるため、既存の律令だけでは処理できない問題が生じます。そこで、律令の規定を改めたり補ったりする単行法令が「格(きゃく)」、律令や格を実際に施行する際の細かな手続・書式・数量などを定めるものが「式(しき)」です。
| 用語 | 読み | 役割 | 問題での見分け方 |
|---|---|---|---|
| 律 | りつ | 犯罪と刑罰の基本規定 | 刑罰・罪名を定める |
| 令 | りょう | 官制・税制など行政の基本規定 | 国家制度の原則を定める |
| 格 | きゃく | 律令の改定・補充となる法令 | 後から出た法令で原則を補う |
| 式 | しき | 律令・格を施行する細則 | 手続・運用方法を具体化する |











格と式は、どちらも律令の不足を補うものだから混ざっていたんですね。法令そのものを足すのが格、運用手順が式、と考えればよいですか?











そう考えると判別しやすい。ただし現代法の「法律と施行規則」に完全一致するわけではないので、あくまで役割をつかむ比喩として使おう。入試では「律令を改定・補充」が格、「施行細則」が式、という語句の対応を正確に選べればよい。
📚 用語解説
格(きゃく):律令の規定を改定・補充するため、必要に応じて出された単行法令です。三代格は後世の『類聚三代格』などから内容を知れます。
📚 用語解説
式(しき):律令や格を行政の現場で施行するための細則です。三代式のうち『延喜式』がほぼ完全な形で伝わります。
現代語の「格式が高い」と、古代法制史の「格式(きゃくしき)」は別の意味です。設問の文脈が律令・法令・平安前期なら、格と式の法体系を答えます。
弘仁格式|嵯峨天皇の時代に整えた最初の格式
弘仁格式は、三代格式の最初に位置する格式です。編纂は桓武天皇の時代に始まり、いったん中断したのち、嵯峨天皇の時代に再開されました。藤原冬嗣らが中心となり、大宝元年(701)から弘仁10年(819)までの詔・勅・官符などを取捨選択し、官司ごとに整理しました。弘仁11年(820)に格10巻・式40巻として撰進されたことを、まず基準点にします。
ただし「820年に完成した」とだけ覚えると、後の修訂・施行に関する説明で迷います。弘仁格式は820年の撰進後も改正作業が続き、後に施行・再修訂されました。受験では、問題文が「撰進・成立」を問うのか、「施行・改正」を問うのかを確認してください。複数の事典で施行年の表現に幅があるため、本記事では研究上安全な「820年撰進、のち修訂・施行」と整理します。
| 確認項目 | 弘仁格式の要点 |
|---|---|
| 天皇 | 嵯峨天皇(編纂開始は桓武朝) |
| 中心編者 | 藤原冬嗣ら |
| 対象 | 701〜819年の法令 |
| 巻数 | 格10巻・式40巻 |
| 基準年 | 820年に撰進 |
| 現在 | 完本は伝わらず、目録・断簡・逸文が残る |











弘仁格式が「大宝律令を補った」といえるのは、701年から819年までに出た法令を集めているからなんですね。











そのとおり。大宝元年が701年だから、収録期間の起点と一致する。「最初の格式」「嵯峨天皇」「藤原冬嗣」「820年」「格10・式40」を一つのまとまりで覚えると、正誤判定が速くなるよ。
📚 用語解説
撰進(せんしん):編纂した書物を天皇へ選び整えて差し出すことです。「撰進年」と「実際の施行年」が異なる法典もあるため、設問では動詞まで確認します。
弘仁格式は日本で最初のまとまった格式で、701〜819年を対象にします。「820年以前の法令を820年に整理」と因果関係で覚えましょう。
貞観格式|清和天皇の時代に弘仁格式を補った
貞観格式は、清和天皇の時代に編纂された二番目の格式です。格は藤原良相、のち藤原氏宗らが編纂に携わり、弘仁格の後に必要となった改定・増補を整理しました。貞観格12巻は869年に撰進・施行され、貞観式20巻は871年に撰進・施行されました。「貞観格式=一つの年」とまとめず、格869、式871の二段階で覚えるのが重要です。
貞観格は、おおむね820年から868年までの詔・勅・太政官符などを官司別にまとめました。一方の貞観式は、弘仁式を全面的に廃止して作り直したのではありません。弘仁式のうち訂正・増補すべき部分を中心に収め、弘仁式と併用する設計でした。ここが、先行法典を集大成し直した延喜式との大きな違いです。
| 比較軸 | 貞観格 | 貞観式 |
|---|---|---|
| 成立・撰進 | 869年 | 871年 |
| 巻数 | 12巻 | 20巻 |
| 対象・方針 | 弘仁格後の法令を増補 | 弘仁式の訂正・増補分 |
| 先行法との関係 | 弘仁格と併用 | 弘仁式と併用 |
| 伝存 | 類聚三代格などに逸文 | 逸文のみ |











貞観格式は、嵯峨天皇ではなく清和天皇ですね。しかも格と式は同じ年ではなく、869年と871年に分かれる、と。











正解。人物の入れ替えと二つの年が狙われやすい。さらに「貞観式が弘仁式を廃止した」という文は誤りで、訂正・増補分をまとめて併用した、と押さえよう。
弘仁格・弘仁式を土台として、必要な改定・増補を追加しました。先行法典との併用を前提にした点が、延喜式の集大成型と対比できます。
📚 用語解説
貞観格式(じょうがんきゃくしき):清和天皇の時代に整えられた三代格式の二番目。貞観格12巻は869年、貞観式20巻は871年に成立・施行されました。
延喜格式|醍醐天皇の時代に三代格式を集大成
延喜格式は、醍醐天皇の命により編纂された三代格式の三番目です。延喜格は藤原時平らが中心となって869年から907年までの重要な詔・勅・官符などを整理し、12巻として907年に撰進、908年に施行されました。弘仁格・貞観格と併用することを前提にした法典で、現在は原本が散逸していますが、『類聚三代格』や『政事要略』などに引かれた条文から内容を知れます。
延喜式は905年に編纂が始まり、藤原時平の死後は藤原忠平らが作業を進め、927年に50巻が撰進されました。施行はさらに40年後の967年です。弘仁式・貞観式と、その後の施行細則を取捨・改訂して集大成したため、三代式の定本としての性格を持ちます。国立国会図書館のレファレンス協同データベースも、905年開始・927年完成・967年施行という三段階を示しています。
| 確認項目 | 延喜格 | 延喜式 |
|---|---|---|
| 天皇 | 醍醐天皇 | 醍醐天皇 |
| 中心編者 | 藤原時平ら | 藤原時平・藤原忠平ら |
| 巻数 | 12巻 | 50巻 |
| 撰進 | 907年 | 927年 |
| 施行 | 908年 | 967年 |
| 現在 | 散逸、逸文で復元 | ほぼ全体が伝存 |











延喜式は927年に完成したのに、実際の施行は967年なんですね。40年空くので、年代問題で混ぜられそうです。











そこが重要だ。延喜格は907→908と短いが、延喜式は905開始→927撰進→967施行と長い。「いつ作り始めたか・いつ差し出したか・いつ施行したか」を分けて読むと誤答しない。
📚 用語解説
延喜式(えんぎしき):醍醐天皇の命で905年に編纂を開始し、927年に50巻が撰進、967年に施行された施行細則集です。三代式の集大成で、ほぼ完全に伝わります。
現物・伝本を確認したい場合は、国立公文書館デジタルアーカイブ「延喜式」と、国文学研究資料館 国書データベース「延喜式」が一次資料への入口になります。年号だけでなく、法典が実際に史料として残ることを確認すると理解が具体的になります。
弘仁・貞観・延喜の違いを一覧比較
| 格式 | 天皇 | 主な編者 | 格 | 式 | 引き継ぎ方 |
|---|---|---|---|---|---|
| 弘仁格式 | 嵯峨 | 藤原冬嗣ら | 820年・10巻 | 820年・40巻 | 701〜819年を最初に集成 |
| 貞観格式 | 清和 | 藤原良相・氏宗ら | 869年・12巻 | 871年・20巻 | 弘仁格式の改定・増補 |
| 延喜格式 | 醍醐 | 藤原時平・忠平ら | 907年・12巻 | 927年・50巻 | 式は先行二式を集大成 |
三代格式の違いは、①天皇、②格と式の完成年、③先行法典の引き継ぎ方、④現在の残り方、の四つで比較すると見通せます。弘仁格式は最初の集成、貞観格式は訂正・増補を加えて併用、延喜格式は第三段階で、特に延喜式が先行二式を取捨・改訂して集大成したものです。「後の格式が前の格式をすべて廃止した」と単純化しないでください。
巻数は補助情報ですが、正誤問題の識別に使えます。弘仁は格10・式40、貞観は格12・式20、延喜は格12・式50です。ただし最初から六つの数字を丸暗記するのではなく、名称・天皇・年代を固めたあとに巻数を追加します。優先順位を逆にすると、本質である格と式の違いを見失いやすくなります。











比較すると、弘仁は最初、貞観は継ぎ足し、延喜式は集大成という流れが見えます。巻数も式のほうが大きいですね。











流れの理解が先で、巻数は識別タグとして後から付けるのがよい。特に延喜格12巻と延喜式50巻、撰進907年と927年を対で言えるようにすると、延喜格式の設問に強くなる。
弘仁・貞観・延喜を縦に別々に暗記せず、天皇だけ、格の年だけ、式の年だけを横に比較すると、入れ替え問題を見抜きやすくなります。
三代格式は現在どう残る?類聚三代格と延喜式
三代格式を学ぶときは、成立当時の原本が六つとも完全に残っているわけではない点が重要です。弘仁格・貞観格・延喜格は原形の多くを失いましたが、後に三代の格を内容別に再分類した『類聚三代格(るいじゅうさんだいきゃく)』などに条文が引用され、そこから大部分を知れます。弘仁格については目録を伝える『弘仁格抄』も残ります。
式の側では、弘仁式は一部の断簡や逸文、貞観式は逸文によって知られます。これに対し延喜式は、三代格式のなかでほぼ完全な形を伝える唯一の法典です。巻1〜10の神祇官関係、巻11〜40の太政官八省関係、巻41〜49のその他の官司、巻50の雑式という構成を持ち、祭祀・行政・租税・産物・医薬など古代社会の具体像を復元する重要史料になっています。
| 史料 | 現在の残り方 | 何が分かるか |
|---|---|---|
| 弘仁格 | 弘仁格抄・類聚三代格・逸文 | 最初の格の目録や条文 |
| 貞観格 | 類聚三代格などの引用 | 弘仁格後の改定・増補 |
| 延喜格 | 類聚三代格・政事要略など | 869〜907年の重要法令 |
| 弘仁式 | 断簡・逸文 | 初期の施行細則の一部 |
| 貞観式 | 逸文 | 弘仁式の訂正・増補の一部 |
| 延喜式 | ほぼ全巻が伝存 | 古代行政・祭祀・社会の具体像 |











三代格は『類聚三代格』から内容を知り、三代式は『延喜式』が集大成として残る、と整理すればよいですか?











その整理が入試向きだ。名称の似た「三代格式」と「類聚三代格」を混同せず、後者は三代の格を内容別に再編集した史料だと説明しよう。延喜式は法典であると同時に、古代社会を具体的に知る史料でもある。
📚 用語解説
類聚三代格(るいじゅうさんだいきゃく):弘仁格・貞観格・延喜格の条文を内容別に分類し直した法令集です。三代格の原本が散逸した後も、その内容を伝える重要史料です。
成立史では弘仁・貞観・延喜の順、伝存史では三代格は類聚三代格、三代式は延喜式が中心です。二つの軸を混ぜないことが正誤判定の鍵です。
詔・勅・官符とは?三代格に収められた文書を確認
三代格の説明には、詔・勅・官符という語が登場します。詔と勅はいずれも天皇の意思・命令を示す文書ですが、時代や法形式によって用法があり、単純に「詔は重大事、勅は日常の小事」とだけ二分すると不正確になります。高校日本史では、まず両方とも天皇の命令に関わる文書だと押さえ、個々の史料問題では文書名・発給形式を丁寧に読みます。
官符は官司が下級官司などへ命令・通達を下す文書形式で、三代格では太政官符が重要です。太政官は律令国家の最高行政機関なので、太政官符は中央から行政命令を下達する役割を果たしました。「官符=摂政・関白が個人として下す文書」と覚えるのは誤りです。摂政・関白が政治上強い影響力を持つ時代でも、官符は官司の文書形式として理解します。
| 文書 | 基本的な理解 | 注意点 |
|---|---|---|
| 詔 | 天皇の意思を示す文書 | 重大事だけと機械的に限定しない |
| 勅 | 天皇の命令を伝える文書 | 詔との違いは文脈・形式で判断 |
| 太政官符 | 太政官から下達する公文書 | 摂政・関白個人の私的文書ではない |
| 官奏 | 官司から天皇へ奏上する文書 | 上申方向の文書として区別する |











「詔は大事、勅は小事」とだけ覚えるのは危険で、どちらも天皇の命令に関わる。官符は官司、特に太政官からの下達文書なんですね。











そのとおり。用語を一行定義へ押し込みすぎると例外で崩れる。三代格式の問題では、誰が誰へ意思を伝える文書かという方向を確認し、格がそれらの法令・文書を選んで集成したと理解しよう。
📚 用語解説
太政官符(だいじょうかんぷ):律令国家の最高行政機関である太政官が、管轄下の官司などへ命令を下達する公文書です。三代格に収められた法令を理解する手掛かりになります。
詔・勅の区別や官符の発給主体を、競合記事や語呂だけで断定しないでください。設問に史料本文がある場合は、差出・宛所・官司名を優先して判断します。
三代格式の覚え方と入試問題の解き方
覚え方は、情報を四層に分けます。第一層は名称順「弘仁→貞観→延喜」、第二層は天皇「嵯峨→清和→醍醐」、第三層は年代「弘仁820、貞観は格869・式871、延喜は格907・式927」、第四層は施行・伝存「延喜格908、延喜式967、三代格は類聚三代格、三代式は延喜式」です。一度に全て覚えず、言える層を増やします。
確認問題1|人物の組み合わせ
問題:弘仁格式・貞観格式・延喜格式を、それぞれ中心となる天皇と組み合わせてください。答えは、弘仁―嵯峨、貞観―清和、延喜―醍醐です。貞観格式を嵯峨天皇の命とする文は、弘仁格式との入れ替えなので誤りです。
確認問題2|格と式の年代
問題:次のうち正しいものを選んでください。A「貞観格と貞観式はともに869年成立」、B「延喜格は907年撰進、延喜式は927年撰進」、C「延喜式は927年に直ちに施行」。正解はBです。貞観式は871年、延喜式の施行は967年なので、AとCは誤りです。
確認問題3|伝存史料
問題:三代格の内容を知る重要史料と、三代式の集大成としてほぼ完存する法典を答えてください。答えは『類聚三代格』と『延喜式』です。前者は三代の格を内容別に再編した史料、後者は弘仁式・貞観式などを取捨・改訂した50巻の施行細則集です。











名称だけでなく、人物→年代→動詞→残っている史料の順に層を重ねるのですね。これなら選択肢のどこが誤りか説明できそうです。











説明できる知識が本番で使える知識だ。日本史全体の学習順序を整えたいなら、日本史探究の参考書ルートを確認し、史料の出力練習は日本史史料一問一答の使い方へつなげよう。
比較表を眺め直すだけでなく、白紙に三格式を再現し、誤った選択肢を自分で直してください。思い出す練習が、年代や人物の入れ替えへの耐性を作ります。
三代格式は「普通の対策」では受からない
- 独学: 計画も採点も本人
- 鬼管理: 毎日の個別管理
結論から言います。教科書を読む、授業を受ける、三代格式の語呂を一度覚えるといった「普通の対策」だけでは、大学受験の日本史で安定して得点するのは厳しいです。三代格式だけでも、格と式、三天皇、複数の撰進年・施行年、類聚三代格と延喜式の伝存関係を、正誤問題の形で出力できなければなりません。
理由は、本文で整理したとおり、似た名称を一問一答で答えるだけでは足りず、「貞観式は869年か871年か」「延喜式は927年完成か967年施行か」「誰の命で編纂されたか」を設問の動詞まで読んで判定する必要があるからです。知識を得た日ではなく、翌日・翌週にも白紙再現と正誤訂正をやり切れた日数が、実戦での再現性を決めます。
ここで、鬼管理専門塾が示す「従来塾の3つの限界」を当てはめます。①授業で情報を得ても行動は変わらない、②全員同じ指導は偏差値50に収束する、③週1指導では変化が遅い、という三つです。出典は「鬼管理」とは?成績が上がらない塾・予備校の3つの限界です。
選択肢① 独学・参考書だけでは行動を管理できない
独学や参考書だけでも三代格式の解説は読めます。しかし「今日は比較表を白紙再現する」「明日は誤文を5問訂正する」まで行動へ落とし込み、未達を修正する役割は本人に残ります。情報を得ても行動が変わらないという限界①に当たり、覚えたつもりの用語が増えても、試験で引き出す練習が不足しやすい選択肢です。
選択肢② 映像授業・アプリだけでは視聴後が本人任せになる
映像授業や日本史アプリは、格と式の違いを理解する入口として便利です。ただし視聴・タップが終わったあとに、白紙再現、年代整序、史料判定を何回行うかまでは自動的に保証しません。限界①に加え、全員が同じ講義を受ける限界②も残り、個人ごとの混同箇所に学習量を集中させにくくなります。
選択肢③ 集団授業の大手予備校では弱点別の量を変えにくい
集団授業の大手予備校では、同じ進度・同じ教材で日本史を進めます。弘仁格式で止まる人と、延喜式の施行年だけ間違える人へ、同じ課題量を出せば、必要な復習量に差が出ます。これは全員同じ指導が平均へ収束する限界②であり、授業を理解しただけでは個別の誤答原因を埋め切れません。
選択肢④ 一般的な個別指導塾では週の途中を追い切れない
一般的な個別指導塾は授業中の質問に個別対応できますが、週1〜2回の授業だけでは、授業のない日に比較表を再現したか、何問訂正できたかまで追えない場合があります。限界③のとおり、次回授業まで誤記憶を放置すると修正が遅れ、古代から近現代まで大量の範囲を回す受験日本史では遅れが累積します。
独学・参考書のみ、映像授業・アプリ、集団授業の大手予備校、一般的な個別指導塾を順に検討すると、いずれも「知識を毎日の出力行動へ変え、弱点別に量を変え、週の途中で修正する」という条件を満たし切れません。だから、三代格式を含む日本史を受験得点へ変える管理環境として、消去法で最後に残るのは鬼管理専門塾しかありません。
鬼管理専門塾の特徴
鬼管理専門塾は、授業を増やすことより、受験生が毎日やるべき行動を具体化し、実行結果を検証する仕組みに重点を置きます。ここでは公式ページで確認できる固定6特徴を、三代格式を含む日本史学習へどう接続するかとともに説明します。
「今日やるべきこと」を英単語○語・問題○題のように数値で指示する
得点データをもとに、専属講師が生徒ごとの行動プランを設計する
進捗を毎日確認し、毎週の確認テストで定着度を検証する
厳格な基準で選考した専属講師陣。講師満足度アンケートは回答1,524件
大学・学部特化、総合型選抜・推薦、英語資格、高校受験の専門コースを展開する
LINEで質問でき、Zoomの無料説明会や資料請求で入会前に相談できる
❶ 1日単位の数値化した学習指示
鬼管理専門塾では、毎朝「今日やるべきこと」を数値で指示します。時間・場所・教材・目的まで具体化し、何をすべきかで迷う時間を減らします。
三代格式なら「比較表を白紙で1回再現し、正誤問題を5問訂正する」のように、理解を得点へ変える日本史の課題を日単位で明確にできます。
❷ 生徒ごとの個別行動プラン
全員に同じ課題を出すのではなく、現在の得点、得意・不得意、志望校の配点に合わせて、生徒ごとの行動プランを設計します。
弘仁・貞観・延喜のどこで混同するか、通史と史料のどちらが弱いかを得点記録から判定し、生徒ごとに復習の順番と量を変えられます。
❸ 毎日・毎週の徹底管理と確認テスト
日々の進捗確認に加えて毎週の確認テストを行い、基準に届かなければ追加課題と計画修正を行って、遅れをその週のうちに戻します。
三代格式を学んだ当日だけでなく、翌日と翌週にも再現テストを行い、年代・天皇・史料名の誤答が残れば追加課題でその週に修正できます。
❹ 採用率0.6%の専属講師陣
講師は難関大学合格実績と独自審査を満たした人材から採用し、採用率は0.6%です。指導の質は講師満足度アンケート回答1,524件でも継続的に検証しています。
古代法制史の用語を一行暗記で終わらせず、入試で問われる人物・年代・史料の関連まで、専属講師が誤答原因を見て学習指示へ反映します。
❺ 大学受験〜英語資格まで専門コース展開
大学・学部特化の大学受験、総合型選抜・推薦、英検・TOEIC・TOEFL・IELTS・TEAPなどの英語資格、高校受験まで専門コースを展開しています。
一般選抜の日本史だけでなく、大学・学部別対策や総合型選抜・推薦など、志望方式に合わせて日本史へ割く時間と他科目との配分を設計できます。
❻ LINE質問対応+無料説明会・資料請求
授業がない日もLINEで質問でき、入会前にはZoomの無料説明会や資料請求を利用できます。生徒と保護者が指導内容を確認してから判断できます。
復習中に格と式の違いが曖昧になったときはLINEで質問でき、無料説明会では現在の日本史の進度と志望校から必要な学習管理を相談できます。
鬼管理専門塾の大学受験コースには1カ月返金保証制度があります。適用条件は公式案内で確認が必要ですが、入会前にはZoomの無料説明会を利用でき、保護者同席で学習状況・志望校・指導の進め方を相談できます。実際の成果は鬼管理専門塾の合格実績でも確認できます。
日本史の暗記を得点へ変える学習計画を無料説明会で相談しませんか?
まとめ|三代格式は「役割・人物・年代・史料」で覚える
| 最終確認 | 答え |
|---|---|
| 三代格式の読み | さんだいきゃくしき |
| 格と式 | 格=律令の改定・補充、式=施行細則 |
| 弘仁格式 | 嵯峨天皇・藤原冬嗣ら・820年撰進 |
| 貞観格式 | 清和天皇・格869年・式871年 |
| 延喜格式 | 醍醐天皇・格907年・式927年 |
| 延喜式の施行 | 967年 |
| 三代格の伝存 | 類聚三代格など |
| 三代式の集大成 | 延喜式50巻 |
三代格式は、弘仁・貞観・延喜という名称だけを暗記する用語ではありません。律令を補う格と施行細則の式を分け、弘仁―嵯峨―820、貞観―清和―869/871、延喜―醍醐―907/927という対応を作り、最後に延喜式967年施行と類聚三代格・延喜式の伝存関係を加えると、正誤・年代整序・史料問題へ同じ知識で対応できます。
今日の復習では、この記事の表を閉じて三格式を白紙に再現してください。書けなかった欄だけを教科書・用語集へ戻り、翌日と1週間後にもう一度再現します。日本史全体の暗記を流れと資料読解へつなげたい場合は、歴史総合の勉強法も参考にし、用語を単独で終わらせない復習へ切り替えましょう。
三代格式から始める日本史の復習計画を無料説明会で相談できます
よくある質問
Q. 三代格式は何と読みますか?
A. 「さんだいきゃくしき」と読みます。格は「きゃく」、式は「しき」です。現代語の「格式が高い」のような「かくしき」と混同しないでください。
Q. 三代格式の3つは何ですか?
A. 弘仁格式・貞観格式・延喜格式です。中心となる天皇はそれぞれ嵯峨天皇・清和天皇・醍醐天皇です。
Q. 格と式の違いを一言でいうと何ですか?
A. 格は律令の規定を改定・補充する法令、式は律令や格を実際に施行するための細則です。役割が異なるため、三代格式は三代格と三代式に分けて整理できます。
Q. 弘仁格式は何年に成立しましたか?
A. 受験上の基準は820年の撰進です。ただしその後も修訂が続き、施行・再改正の経緯があります。設問が撰進・成立・施行のどれを問うか確認してください。
Q. 貞観格式は誰の命で編纂されましたか?
A. 清和天皇の時代に編纂されました。貞観格12巻は869年、貞観式20巻は871年に撰進・施行されました。嵯峨天皇とする説明は弘仁格式との混同です。
Q. 延喜式は927年と967年のどちらですか?
A. 927年が撰進・完成、967年が施行です。編纂開始は905年なので、905年開始、927年撰進、967年施行の三段階で覚えます。
Q. 類聚三代格と三代格式は同じものですか?
A. 同じではありません。三代格式は弘仁・貞観・延喜の三格式の総称です。類聚三代格は、三代の格の条文を内容別に分類し直した後世の法令集で、散逸した三代格の内容を伝えます。
Q. 三代格式の覚え方で最も重要なことは何ですか?
A. 名称だけでなく、弘仁―嵯峨―820、貞観―清和―869/871、延喜―醍醐―907/927を横に対応させることです。その後に巻数・施行年・伝存史料を足してください。

本記事監修者 菅澤孝平
シンゲキ株式会社 代表取締役社長
「鬼管理」をコンセプトとした「鬼管理専門塾」を運営。大学受験・高校受験・英検指導・総合型選抜に幅広く展開しており、日本全国に受講生が存在している。
出演番組:カンニング竹山のイチバン研究所・ええじゃないかBiz
CM放送:テレビ東京など全国15局に放映





